災害医療では、発災直後に多くの傷病者へ対応することだけが課題ではありません。
地震、津波、豪雨、洪水、土砂災害などによって医療機関そのものが被災し、停電、断水、通信障害、道路寸断、医療従事者不足などが同時に発生するなかで、地域の医療提供体制をどのように維持するかが重要になります。
厚生労働省の第8次医療計画では、DMAT・DPAT等の派遣や活動の円滑化、多職種連携、災害拠点病院とそれ以外の病院の役割分担、浸水対策、医療コンテナの活用などを進める方針が示されています。
一方、実際の災害では、医療機関の建物が使用できても、電気、水、通信、職員、薬剤、医療機器、患者搬送などの一部が途絶えるだけで診療機能が大きく低下する場合があります。
令和6年能登半島地震でも、医療施設で停電や断水が発生し、DMAT等による診療支援や広域避難支援が行われました。
医療機関にとっては、自院の診療をどう継続するか。
自治体にとっては、地域内の医療機関、災害拠点病院、救急、保健、福祉などをどう連携させるか。
医療関連企業にとっては、通信、電源、医療機器、情報システム、遠隔医療、医療コンテナなどの技術を、実際の災害対応にどう組み込むか。
それぞれ異なる役割があります。
本記事では、2026年時点における災害医療の現状を整理したうえで、現在の主な課題、医療機関・自治体・関連企業に求められる対策、平時から準備しておくべきポイントについて解説します。
災害医療の現状
災害医療の現状を一言で表すと、
「災害拠点病院やDMAT等を中心とする全国的な仕組みは整備されている一方、地域全体で医療を継続するための連携・BCP・インフラ・情報共有を、さらに実効性のある形にすることが課題となっている状態」
と整理できます。
日本では、災害拠点病院、DMAT、DPAT、日本DPAT、災害支援ナース、災害医療コーディネーター、保健医療福祉調整本部など、多層的な災害医療体制が整備されています。
厚生労働省は2026年4月1日時点の災害拠点病院一覧も公表しています。
一方、第8次医療計画では、災害時に拠点となる病院だけでなく、それ以外の病院についても、自院の患者への診療を継続し、地域における役割に応じて医療を提供することが求められています。
つまり、災害医療は一部の専門病院やDMATだけで完結するものではありません。
地域全体として、
- どの医療機関が何を担うのか
- どこまで自院で診療を継続するのか
- いつ外部支援を求めるのか
- 患者をどこへ搬送するのか
- 行政・医療・福祉をどうつなぐのか
を平時から決めておくことが重要です。
災害医療が抱える主な課題
災害医療の課題は、「医師や病床が足りない」という一点だけではありません。
医療機関自体の被災、電気・水・通信の停止、人員不足、情報共有、患者搬送、複数機関の連携などが同時に発生するため、災害医療では複数の課題を一体として考える必要があります。
医療機関そのものが被災する
災害時には、医療機関も被災者になります。
建物が損傷しなくても、
- 停電
- 断水
- 通信障害
- 医療ガス不足
- 医療機器停止
- 薬剤・資材不足
- エレベーター停止
- 職員の出勤困難
などが生じれば、通常診療を継続できない可能性があります。
厚生労働省は、災害時に診療機能を一定期間維持するため、非常用自家発電設備や給水設備への整備支援を行っています。
災害医療では、「建物が残るか」だけではなく、
「医療機能を継続できるか」
という視点が重要です。
BCPを作成しても実際に機能するとは限らない
BCPは、災害時に医療機関の機能を継続・早期復旧するための計画です。
しかし、BCPを作成しただけでは十分ではありません。
必要なのは、
- 職員が内容を理解しているか
- 連絡網が機能するか
- 停電・断水時の対応が明確か
- 患者搬送先が決まっているか
- 優先して継続する診療機能が決まっているか
- 実際に訓練をしているか
です。
厚生労働省は災害拠点病院向けだけでなく、災害拠点病院以外の医療機関向けにもBCP作成手引き、指針、チェックリストを公表しています。
また、在宅医療についても病院・診療所・訪問看護事業所を対象としたBCP策定支援やシミュレーション訓練が継続されています。
重要なのは、
「BCPがあるか」
ではなく、
「災害時に実際に使えるBCPになっているか」
です。
医療従事者を確保できない
災害時には、医療需要が増える一方で、医療従事者自身も被災します。
- 自宅の被災
- 家族の安全確保
- 交通機関の停止
- 道路寸断
- 長時間勤務
などによって、必要な職員が医療機関へ集まれない可能性があります。
そのため、
- 最低限必要な人員
- 代替要員
- 勤務交代
- 外部応援
- 職員の宿泊・食料・水
まで含めた体制設計が必要です。
医療機関同士の情報共有が難しくなる
災害時には、
- どの病院が診療可能か
- 病床は空いているか
- 救急患者を受け入れられるか
- 電気・水は使えるか
- どの医療機関に支援が必要か
といった情報を迅速に共有する必要があります。
そのための重要な仕組みが、広域災害・救急医療情報システム(EMIS)です。
厚生労働省は現在、災害時により実効的に利用できるようEMIS代替サービスの検討・整備を進めています。
ただし、情報システムは導入されているだけでは機能しません。
平時から、
- 誰が入力するのか
- どの情報を入力するのか
- 通信障害時はどうするのか
- 訓練で操作できているか
まで確認する必要があります。
患者搬送と医療機関の役割分担が難しい
大規模災害では、被災地域内だけで患者を収容できない場合があります。
その場合、
- 地域内搬送
- 広域医療搬送
- 転院
- 避難
などを組み合わせて対応する必要があります。
災害拠点病院だけに患者を集中させればよいわけではありません。
地域内の病院・診療所がそれぞれの機能に応じて役割を分担し、必要に応じて被災地域外の医療機関へ患者を搬送する体制が重要です。
災害医療・保健・福祉の連携が必要になる
災害が長期化すると、必要なのは救命医療だけではありません。
避難所では、
- 慢性疾患
- 服薬継続
- 感染症
- メンタルヘルス
- 高齢者ケア
- 妊産婦・小児対応
- 口腔ケア
- 生活環境
など、多様な課題が生じます。
そのため、DMATだけでなく、DPAT、日本医師会災害医療チーム(JMAT)、日本歯科医師会災害医療支援チーム(JDAT)、薬剤師、看護師等、多職種による連携が必要になります。第8次医療計画でも、保健医療福祉調整本部の下で多様なチームが連携する体制が示されています。
水害・浸水への対策が重要になっている
災害医療というと地震を想定しがちですが、豪雨・洪水・高潮・津波も医療機関に大きな影響を与えます。
浸水によって、
- 非常用電源
- 受変電設備
- 医療機器
- 通信設備
- 地下設備
が停止すれば、建物自体が使用可能でも診療継続が困難になります。
厚生労働省は、風水害の頻発化・激甚化を踏まえ、災害拠点病院等に対する浸水対策支援を進めています。
そのため医療機関では、BCPとハザードマップを別々に考えるのではなく、
「自院がどの災害に弱いのか」
を踏まえてBCPを設計する必要があります。
通信手段を確保する必要がある
災害時には固定電話や携帯電話、インターネットが利用できない可能性があります。
一方、医療では、
- 患者情報
- 搬送情報
- 病床情報
- 画像
- 診療支援
- 行政との連絡
など、通信が不可欠です。
したがって、
- 複数通信回線
- 衛星通信
- 非常用電源
- 可搬型通信機器
- 遠隔医療設備
などを含めて、通信が途絶した場合の代替手段を検討する必要があります。
「システムを持っているか」ではなく、
「災害時にも使えるか」
という視点が重要です。
災害拠点病院だけでは災害医療を支えられない
災害医療というと、災害拠点病院やDMATを中心に考えがちです。
しかし、大規模災害では地域全体の医療需要が増加するため、災害拠点病院だけですべての患者を受け入れることはできません。
第8次医療計画でも、災害時に拠点となる病院以外の病院について、
- 自院にいる患者への診療を継続すること
- 防災対策を講じること
- 地域における役割に応じた医療を提供すること
が求められています。
つまり、一般病院や診療所にとっても、
「自院は災害拠点病院ではないから関係ない」
とは言えません。
重要なのは、
「災害が発生したとき、自院は地域のなかで何を担うのか」
を平時から明確にしておくことです。
医療機関に求められる対策
医療機関の災害対策では、設備整備と運用体制の両方を考える必要があります。
自院の災害リスクを把握する
まず確認すべきなのは、
- 地震
- 津波
- 洪水
- 高潮
- 土砂災害
- 停電
- 断水
- 通信障害
- 道路寸断
など、自院に影響するリスクです。
ハザードマップ、自院の立地、建物構造、受変電設備、給水設備、非常用電源、通信設備等を確認し、
「何が止まったら、どの診療機能が止まるのか」
を整理します。
継続すべき医療機能を決める
災害時に平時と同じ診療をすべて続けることは困難です。
そのため、
- 必ず継続する診療
- 縮小して継続する診療
- 一時停止する診療
- 他院へ移す診療
を事前に整理する必要があります。
これはBCP策定の中心になります。
BCPと訓練を一体で行う
BCPは、作成して保管するための文書ではありません。
訓練を通じて、
- 連絡できるか
- 職員が集まれるか
- 電源切替ができるか
- 患者を搬送できるか
- 情報共有できるか
を確認し、問題があればBCPを修正します。
厚生労働省もBCP策定に加え、訓練や見直しを重視した研修資料を公表しています。
自治体に求められる対策
自治体にとって重要なのは、個々の医療機関の防災対策だけではなく、
「地域全体として必要な医療をどう維持するか」
です。
災害時には、
- どの医療機関が稼働しているか
- どの医療機関が支援を必要としているか
- どこに患者を搬送するか
- どの地域に医療チームを派遣するか
- 避難所でどんな医療需要が発生しているか
を把握し、調整する必要があります。
そのためには平時から、
- 災害拠点病院
- 一般病院・診療所
- 医師会
- 歯科医師会
- 薬剤師会
- 看護関係団体
- 消防
- 保健所
- 介護・福祉
- 民間企業
などとの連携体制を構築しておく必要があります。
厚生労働省の保健医療福祉調整本部に関する資料でも、平時から災害医療関係者との関係を構築し、地域BCPへ関与することの重要性が示されています。
「地域全体の医療提供体制の現状を確認したい方」

医療関連企業に求められること
災害医療では、多くの技術・サービスが必要になります。
たとえば、
- 非常用電源
- 給水設備
- 通信設備
- 衛星通信
- 医療情報システム
- 遠隔医療
- 映像伝送
- 医療機器
- 医療コンテナ
- 物流
- 患者搬送
- 位置・情報管理
などです。
しかし、災害医療では「優れた製品があること」と「実際の災害時に使えること」は同じではありません。
重要なのは、
- 誰が使用するのか
- どの災害を想定するのか
- 電源が失われても使用できるか
- 通信が制限されても使えるか
- 現場へ搬入できるか
- 誰が保守するのか
- 平時に訓練できるか
- 既存の災害医療体制とどう接続するのか
まで設計することです。
たとえば、厚生労働省は現在、災害時に活用する医療コンテナについて、運用ガイドラインやニーズ確認方法、運搬・設置・撤去まで含めた情報を整備しています。
つまり災害医療分野では、
「製品を提供する」
だけでなく、
「地域の災害医療体制に組み込む」
ところまで考える必要があります。
医療関連企業には、医療機関・自治体・災害医療関係者との連携を含めた実装設計が求められます。
遠隔医療・通信技術は災害医療でどう活用できるか
災害時には、すべての専門医や医療従事者を被災地へ迅速に派遣できるとは限りません。
その場合、通信環境が確保できれば、
- 被災地の医師と専門医をつなぐ
- 画像や検査データを共有する
- 遠隔で診療支援を行う
- 専門医の助言を受ける
- 被災地外の医療機関と連携する
といった支援が可能になります。
ただし、災害時に遠隔医療を使うためには、平時とは異なる視点が必要です。
- 電源
- 通信冗長化
- 通信帯域
- 端末
- セキュリティ
- 現場の操作性
- 代替通信手段
を含めて設計する必要があります。
「災害が起きてから遠隔医療を導入する」のではなく、
「平時から使用している仕組みを、災害時にも利用できるようにしておく」
という考え方が重要です。
「遠隔医療の現状と導入・運用上の課題を確認したい方」

災害医療の課題を解決するために重要なこと
災害医療の課題を解決するためには、個別の設備や制度を別々に整備するのではなく、
- 医療機関
- 自治体
- 医療従事者
- 消防
- 保健・福祉
- 民間企業
を含めて一つの地域医療体制として考える必要があります。
重要なのは、
- 地域の災害リスクを把握する
- 医療資源を把握する
- 医療機関ごとの役割を決める
- BCPを策定する
- 電気・水・通信を確保する
- 情報共有手段を整える
- 患者搬送体制を設計する
- 外部支援の受援体制を決める
- 実際に訓練する
- 訓練結果を踏まえて改善する
という一連の取り組みです。
災害医療の本質的な課題は、
「災害時に支援を送れるか」
だけではなく、
「地域の医療提供体制が被災しても、必要な医療を継続できる仕組みを平時から作れているか」
にあります。
災害医療体制を整備するまでの基本的な流れ
災害医療体制の整備では、機器や設備を先に導入するのではなく、まず地域や医療機関が直面する災害リスクと医療課題を整理し、そのうえで必要な体制・設備・連携方法を設計することが重要です。
ここでは、医療機関・自治体・関連企業が災害医療体制を検討する際の基本的な流れを6つのステップで整理します。
地震、津波、水害、停電、断水、通信障害などを想定し、どの医療機能が停止する可能性があるかを整理します。
医療機関、病床、医療従事者、救急、在宅医療、設備、通信手段等を整理します。
災害拠点病院、一般病院、診療所、自治体、消防、医師会等が担う役割を明確にします。
電源、給水、通信、医療情報、患者搬送、外部支援受入れ等を含めて実行可能な体制を設計します。
実際の災害を想定し、連絡、診療継続、患者搬送、情報共有、外部支援受入れ等を確認します。
訓練や実災害から得られた課題をBCPや設備計画、連携体制へ反映し、定期的に見直します。
災害医療の今後
災害医療は、「災害発生後に医療チームを派遣する仕組み」から、
「地域全体の医療提供体制を災害に強くする仕組み」
へと広がっています。
現在の政策でも、
- DMAT・DPAT等の派遣
- 多職種連携
- 災害拠点病院以外の医療機関の役割
- BCP
- 浸水対策
- 非常用電源・給水
- EMIS
- 医療コンテナ
- 在宅医療の災害対応
など、幅広い対策が進められています。
今後さらに重要になるのは、
「平時の地域医療」
と
「災害時の医療」
を別々に考えないことです。
平時から地域の医療機関・自治体・関連企業が連携し、通常時にも利用している通信、情報共有、遠隔医療、医療連携の仕組みを災害時にも活用できる状態にしておくことが、災害に強い医療体制につながります。
災害医療についてよくある質問
FAQ
災害医療については、「災害拠点病院以外にも対策が必要なのか」「BCPを作れば十分なのか」「自治体は何を準備すべきか」など、多くの疑問があります。
ここでは、災害医療の現状と課題を理解するうえで重要なポイントを整理します。
災害医療の主な課題は何ですか?
医療機関の被災、停電・断水・通信障害、医療従事者不足、情報共有、患者搬送、医療機関間の役割分担、保健・福祉との連携などが主な課題です。
一つの対策だけではなく、地域全体として複数の課題に対応できる体制が必要です。
災害拠点病院以外の病院にもBCPは必要ですか?
必要です。
厚生労働省は、災害拠点病院以外の医療機関向けにもBCP作成手引き、指針、チェックリストを公表しています。
災害時に自院の患者への診療を継続し、地域の役割に応じて医療を提供するためにも、BCPの整備が重要です。
BCPを策定すれば災害対策は十分ですか?
十分ではありません。
BCPは訓練して初めて実効性を確認できます。
連絡体制、電源、給水、患者搬送、職員配置、情報共有などを実際に確認し、問題があれば見直す必要があります。
自治体は災害医療で何を準備すべきですか?
地域の医療資源を把握し、医療機関、医師会、消防、保健所、福祉関係者等との役割分担と情報共有体制を平時から構築することが重要です。
また、地域BCPや訓練を通じて、災害時の連携方法を確認する必要があります。
医療関連企業は災害医療にどのように関われますか?
通信、電源、給水、医療情報、遠隔医療、医療機器、医療コンテナ、物流等、さまざまな分野で関与できます。
ただし、単に製品を提供するだけではなく、医療機関や自治体のBCP、災害医療体制、実際の運用に組み込むことが重要です。
まとめ|災害医療の課題は、平時から地域全体で備えること
災害医療では、災害発生後の救命活動だけでなく、
- 医療機関の機能維持
- 電気・水・通信の確保
- 医療従事者の確保
- 情報共有
- 患者搬送
- 医療機関間の役割分担
- 保健・福祉との連携
- BCP
- 訓練
などを一体として考える必要があります。
災害拠点病院やDMATだけで地域全体の医療を支えることはできません。
一般病院や診療所、自治体、消防、医師会、関連企業など、それぞれが災害時に担う役割を平時から整理しておくことが重要です。
また、通信技術、遠隔医療、医療コンテナなど、新しい技術や仕組みも災害医療を支える手段になります。
ただし重要なのは、
「何を導入するか」
ではなく、
「災害時に必要な医療を継続するため、どのような仕組みを構築するか」
です。
医療機関・自治体・関連企業が平時から連携し、地域の実情に合った災害医療体制を構築することが、災害時の医療提供を支える基盤になります。
「災害医療の基本的な仕組みを確認したい方」

「遠隔医療の現状と導入課題を確認したい方」

「災害時の医療提供体制・技術導入・連携について検討している方」
本記事の情報について
本記事は、厚生労働省が公表する「災害医療」「第8次医療計画における災害医療の体制」「医療施設の事業継続計画(BCP)」「広域災害・救急医療情報システム(EMIS)代替サービス」等を踏まえ、2026年時点における災害医療の現状と課題を整理したものです。
災害医療体制、医療機関の指定要件、BCP、各種支援制度等は変更される場合があります。
実際に災害医療体制やBCPを整備する際には、厚生労働省、都道府県等が公表する最新情報をご確認ください。
厚生労働省「広域災害・救急医療情報システム(EMIS)代替サービスについて」
執筆者:松村 厚
アップストリーム合同会社 代表社員
事業開発、営業・販路開拓、販売チャネル構築、医療・歯科領域の事業承継・M&A等の経験を経て、2026年にアップストリーム合同会社を設立。現在は医療コンサルティングを軸に、医療・ヘルスケア領域の事業推進を支援しています。

